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始業前のざわつきを打ち消すべく、ホラス・スラグホーンは声を張り上げた。
「平素より君たちは勉強熱心だが」
スラグホーンは、地下室を大股で横切り、生徒たちが入り終わった扉をバタンと閉めた。
「本日は特に諸君らが大変興味を持つであろう魔法薬を調合する」
と、教室の後ろから歩きながら杖を振り、いつもの勿体ぶった手つきで、黒板にさらさらと調合手順を書き出す。
「さて、これが何か、わかるかな?」
スラグホーンは、材料欄の上に、わざと薬名を書き入れるスペースを残していた。幾人かの生徒が顔を見合わせ耳打ちしあう。
「三年生の諸君には、まだ少し気恥ずかしいかな? 今日の課題は」
ニヤニヤとセイウチのような豊かな髭を揺らし、たっぷり生徒たちの顔を見回してから、スラグホーンは杖を一振りして、最後の一言を加えた。
「惚れ薬だ!」
教室中がざわめきたつ。女性徒たちのクスクス笑いに混じって、イヨッシャ、と一人のグリフィンドールの男子生徒が、立ち上がってガッツポーズをとった。合同で授業を受けているスリザリン生も巻き込んで、地下室は笑いの渦に包まれた。
「こら、こらジェームズ・ポッターくん。こういう恋の計画は、大っぴらに悟られないようにしなくては」
ジェームズはチラチラと、一番離れた席にいるリリー・エバンズに視線を送った。リリーは何も聞こえないふりで、教科書を捲っていた。そのジェームズを、一人のスリザリン生がジロリと睨んだ。しかし猫背で、真っ黒い髪を重く顔に垂らしている彼は、普段からして睨んでいるような顔つきであることもあり、誰もそれに気づかない。
「しかし惚れ薬と言っても、俗に言う『愛の妙薬』ほどの効果はない。そんな強烈なものを授業で作ったら、私はクビだからね」
スラグホーンは、シュッと人差し指と中指で自分の首を切るジェスチャーをしてみせた。
「でも、先生の首って、肉に埋もれてなかなか切れないじゃないですか」
ニッと口の端を上げて、グリフィンドールの、ハンサムな顔立ちの男子生徒が茶化した。
「そりゃまったくだシリウス・ブラックくん! しかしあんまり授業中にふざけまわると、作った惚れ薬を、失敬させてあげないぞ?」
スラグホーンは喉の奥で愉快そうに笑いながら言った。
「僕にはそんなもの必要ないので」
先生は今度こそ口を開けて大声で笑った。傲慢に、しかし優雅に頬杖をついて笑うシリウスを、隣の席からジェームズがドコドコと小太鼓のようにパンチした。
「結構結構。しかし、授業だからきちんと作るように。さて、これから作る惚れ薬は、言うなれば、『愛の妙薬』に対して『恋のチョイ薬』だね」
ただでさえ寒い地下室の温度が、十度は下がった。そんな中、一人だけアハハと笑ったのは、先ほどのジェームズと同じ机に座った小柄な少年だった。彼は、周りが完全に沈黙していることに気づいてきょとんとしてから、耳まで赤くしてうつむいた。
「ありがとうピーター・ペテグリューくん」
スラグホーンは頭をかいて、咳払いをした。
「先に言っておくが、この薬には一週間ほどの効力しかないし、『惚れ』る相手を確定できない。飲んで、最初に見た人間に対して、一時的に負の感情を抑えてくれる程度だ」
スラグホーンは、人差し指を左右に振った。スラグホーンの忠告に対して、生徒たちはいっそう挑戦的に目を光らせた。
「しかしチャンスとしてはじゅうぶんだね? さあ初め! ニジガエルの心臓を入れすぎないように!」
それを聞いて、ジェームズは周りに悟られないよう下を向いてから、ニヤリと唇を歪めた。
夕食の席で、ジェームズはリリー・エバンズのカボチャジュースに、浮遊魔法で惚れ薬を混入させることに成功していた。彼女がカボチャジュースに口をつけた瞬間、いつもの『バカ』をやって視線を引く作戦だ。
「ピーターは?」
シリウスが尋ねると、バナナの皮を剥きながらリーマスが答えた。
「厠だよ」
ジェームズがマスタードをつけすぎたウィンナーにむせて、シリウスがその背中をバシバシ叩いた。オーバーリアクションにもがき苦しむジェームズに巻き込まれ、リーマスの手からバナナの皮が滑り落ちた。
「むぎゃっ!」
「よおピーター」
タイミング最悪で現れて尻餅をついたピーターに、シリウスはフォークに刺していたユデタマゴをつきだした。ピーターはバナナの皮を頭に被ったまま、弱々しくぱくりついた。その時、ジェームズの思い人が遠くの席で歓声を上げた。
「セブルス! 今日はちゃんと来てるのね、安心したわ。きちんと食べないと」
スネイプは、大広間の壁際を通って後ろの席へ行くだけ、というただのスリザリン生を装いながら、グリフィンドール席の背後を通っていたところだった。まだむせこんでいたジェームズは、横目でそちらを見やった。リリーは隣に座った友達が表情を曇らせるのに構わず、セブルスを呼び止めて話始める。体勢を立て直すため、ジェームズは歯ぎしりしながらコップを噛み砕く勢いでカボチャジュースを飲み干し、スネイプを睨みつけた。
「あいつ……」
ジェームズがうめいた。その肩にシリウスが手を置いた。ジェームズは下を向いてわなわなと震え、
「あの女、リリー、許すまじ!」
叫んだ。
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