ぞりんばれんと 時にはシリスネの話を[4/4] 忍者ブログ

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時にはシリスネの話を[4/4]

シリウスは冷えていく暖炉に手を触れた。
灯りを消して、階段を進みながら何を嘲ってか鼻で笑った。
自室と差し向かいの戸に、神経の細そうな字で、奴なりの人払いがしてあった。
まったくあいつもこいつも、女みたいな字してやがって。
彫りつけてある名前を撫で、禁を破ってドアを開く。
このくらい、兄弟なら喧嘩をすれば済むだけだった。

シリウスは息を詰まらせた。
ぼろ屋敷のはずが、この部屋だけは、嘘のように綺麗だ。
誰も立ち入らなかったからなのか。
いや、そんなはずはない、埃ひとすじすら。

オレが壁に若気のいたりで永久粘着呪文をかけている間に、永久清潔呪文でも研究したのだろうか。
だとしたらいかにもスリザリンらしい、ねちねちした潔癖だが、理論的に可能か?

なぜかこの部屋だけ妖精さんがどうにかしてると考えた方がまだましだ。
アホらしい。

壁という壁、棚という棚。
真緑のスリザリン旗、紋章、寸分違いなく、死喰い人に関する新聞のスクラップや、当時のクィディッチチームの写真が並んでいる。
オレが応援してたチームのライバルチームに、レギュラス本人が所属していたスリザリン寮のチームも。
写真の中で学校のユニフォームに身を包む集団が親しげに微笑みあうと、無性に目から何かがこぼれた。

レギュラスが、チームに選ばれたのを知ったのは、新人投入試合が行われてからだった。
当然グリフィンドールチームにはジェームズがいて、スリザリンを打ち負かして自信満々に笑っていた。
談話室で、兄にすらギリギリまで隠すとは、なんと卑怯なことだ、と陰口を言っていた。

本当は、言えなかったのか。
書棚には、綺麗に使っているが、書き込みいっぱいの教科書や参考書がずらりと並んでいる。
でもあいつの成績は、なにもしていないオレより低かった。
やっと誇れることができたのに、それさえオレの大好きなジェームズとの敵対を表すことでしかなかった。

そんなことないよな。
あの年こそ誰も入らなかったけど、グリフィンドールだって、いつもは当日まで新人のことは隠してた。
今更ながら、誰にとっても当たり前のことだったよな。

寮の違うオレたちが一緒にいなかったのも、当然だったよな。
兄弟だからって、優しくしなかったことも。

フォトフレームを持つ腕から心臓めがけて、濁流が流れたようだった。

偉そうに説教たれたスネイプは、成せることがあるからああ言い放てる。
本当に何もできない行き止まりでは、退路も絶たれて身動き取れない。
濁流が心臓から血管を通って、目から噴き出しているとしか思えなかった。
その苦しさすら、誰にも認識されることないなら、存在が始まらないんだろ?


リーマスには苦悩が多すぎて、他の誰も近くに来なくて、
ぼんぼんで一人っ子で甘やかされて常に能天気なあいつは最高だった。

だから今のオレは最低だ。
愚痴なんかよりもっとまともな理由で生存を願われたかったろうよ。


首を振る。
クローゼットの中には、学校指定のキャリーケースの上に、
大きな箱のような、指の練習用の持ち運び鍵盤が鎮座していた。
つかの間の夏休みの間に、役割を待っているように。

蓋を開けると、数は足りないが鍵盤が並んでいる。
キーを叩くが、小さい頃からろくに練習もしなかったオレからは曲など出てこなかった。
アルペジオ、スケール、指はもつれる。
それに、練習用鍵盤から音はしない。
何を訴えかけても、オレには音感のストックがないから、答えがない。
打鍵音を響かせて、自分の頭蓋にだけ音を満たして、レギュラスはこれでいったい何を弾いたのだろう?
家に帰ると互いを待ち構えていたとばかりに夏中ピアノの音がするもので、不思議と嫌じゃなかった。
でも合唱部には、入ってなかった。それくらいは知ってた。

オレがちょっと部屋でがなっていたマグルのロックも、あっという間にレギュラスの手から流れ出した。
クラシックの練習曲じゃないので両親は首を捻っていたけど、何も知らないからレギュラスのピアニスティックなアレンジに「良い曲ね」と頷いていた。
それを見たときは実に痛快だったな。
最初聞いたときはなんの曲か分からなかった。

レギュラスは、ある日隣に立ったオレのために、連弾譜を書いた。
柄にもなく、真面目にピアノに向かって、オレが右に座ってメロディーを奏でた。
爽快だった。
でもただ、両親が喜んでいたからやめた。
それ以来、レギュラスはもうこの曲を弾かなくなったんだ。

再現せむと部屋を踏み出し、兄弟のために買い換えられた客間のピアノは、蓋を開けるだけで、酷い引っ掻き傷のような音がした。
しかし、音が狂っていても、オレにはどうせわからない。
一つしかなくなった椅子に腰かけ、右手を鍵盤にかざす。
右寄りに座っているから、左の空間がひどい。

一番好きなサビのところだけ、はじめは弾けた。
試行錯誤しながら、徐々に思い出す。
左手で似合う和音を探し、リズムにのせて。

当時よりさらに四苦八苦しながら、なんとかすべてのメロディーを再現した。
ハンマーか何かのバランスが狂っていて、ときどきやたら大きな音がたった。
それでもなんとか形にしたその曲は、記憶の中にあるよりずっと簡素だった。
非常に物足りない薄さだった。
誰の心にも響かなそうなつまらない音は、かわりにオレの心をえぐってた。

あの爽快感、多幸感、全能感は、レギュラスの低音部に裏打ちされていただけにすきなかった。
そうと気付いてしまっては、オレは客間を飛び出した。
ピアノの音で、母親の肖像が涙を流していた。

それで逃げた先はダイニングでも、まだすすり泣きが聞こえた。
びくりとして、声の主を探したが、見つからない。
この、低い角笛のような声はクリーチャーだ。
シリウスは耳を塞いだ。

指が頬をかすめ、スネイプにつけられた切り傷をようやく思い出した。
そういえば、やつに消された記憶は?
暗い部屋であったことは全部覚えている。
それよりも、脱衣所でうなされるように言っていた言葉。
あれだけが思い出せない。
どういうことだ?

言われたとおりに水薬を塗りこんだ。
どうやら本当に実際の傷には効果覿面らしく、皮膚の凹凸がすぅっと失せる。

小瓶の繊細な彫り細工が、清廉で美しい百合の模様をかたどっていたことに今更気がついた。

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